2013-01-01から1年間の記事一覧

阿字ヶ浦海岸

1992年8月14日。阿字ヶ浦海岸も、このころはよかった。現在は、港湾ができたせいで潮の流れが変わり、遠浅の海岸が変わってしまった。

阿字ヶ浦海岸

1992年8月14日。秀平がお母さんを見ている。横のお母さんは、寝ているようだ。良平が動いた。秀平も動いた。お母さんを砂で埋める作戦。お母さんに変なものを付けた。ちょっとやりすぎたかな?

阿字ヶ浦海岸

1992年8月14日。阿字ヶ浦海岸で砂遊び。秀平のおっぱい!

阿字ヶ浦バンガロー

1992年8月13日。良平が撮った秀平の写真。おじいちゃんのクルマの前。秀平の後姿がいい。これもいい写真。

阿字ヶ浦バンガロー

1992年8月13日。おかあさん登場。これは、良平が撮ったんだろうか。バンガローで売っている「写るんです」を、おじいちゃんからもらったんだろう。今度は秀平が良平を撮っている。

阿字ヶ浦バンガロー

1992年8月13日。おじいちゃんのバンガローにて。このバンガローも今はないけど、写真を眺めていると、いろんなことを思い出します。とうちゃんと秀平 良平が写っている写真は少ないけど、こんな写真がありました。

沙耶ちゃんの家

1992年8月10日。水戸・磯崎に行く途中、阿見町の沙耶ちゃんの家に寄りました。バースデイ・ケーキがある。少し早い誕生祝いをしてくれた。

夏の昼下がり

1992年8月9日。退屈な夏の日。アステリア青葉台の午後。小学2年生になっても、ぷーさんを抱える良平。

森戸海岸 いっぱい遊んだ

1992年7月30日。いっぱい遊んだね。みんなでゆっこちゃんの家に戻る。次の更新は、3月に入ってからになると思います。

森戸海岸 おかあさんに甘える

1992年7月30日。小学校2年生といえど、秀平 良平は、まだまだお母さんに甘えている。

森戸海岸 砂まみれ

1992年7月30日。思いっきり、砂まみれの秀平 良平。お父さんの子供の頃は、毎日こんな感じだった。朝9時には海で泳いでいました。

森戸海岸 炎天下

1992年7月30日。炎天下の下、アイスキャンデーを食べる。秀平も良平もまぶしそうだ。

森戸海岸 思いっきり遊ぶ

1992年7月30日。遊ぶ。遊ぶ。この頃の秀平 良平は痩せていたんだなぁ。

森戸海岸 水着のお母さん

1992年7月30日。お母さんも一緒になって。

森戸海岸 夏の日差し

1992年7月30日。夏の日差しの中で元気いっぱいに遊ぶ秀平 良平。

森戸海岸 みんなで

1992年7月30日。ゆっこちゃんたちと逗子の森戸海岸へ。

小野のおばあちゃんのお葬式

1992年5月31日。秀平 良平にとっては曾祖母にあたる小野のおばあちゃんのお葬式。小野のおばあちゃんのことは覚えているかな?小野は、水戸おばあちゃんの実家で、水戸の京成デパートの裏にあったので、お父さんが高校生の頃はこの家にいろいろとお世…

ダイダラボウの里

1992年3月31日。ダイダラボウの里へ行く。ここは、正式には水戸大串貝塚ふれあい公園という。ダイダラボウという巨人伝説が常陸国風土記に書かれているそうです。

秀平 骨折

1992年3月22日。秀平が右腕を骨折した。照れくさいのかな。なぜかのん気な表情をしている。

ふるさと村

1992年1月26日。あざみ野に住む大学の同級生国重一家と、ふるさと村へ。この家族は今アメリカで暮らしている。元気だろうか。

磯崎のお正月

1992年1月5日。磯崎の実家でお正月。正月なのに、いまいち表情がさえないなぁ。

マラケシュからの手紙

1991年12月14日。モロッコのマラケシュから、秀平 良平にハガキを出した。あっという間に、秀平 良平は大きくなっていく。この年はロケが多く、お父さんはめずらしくホームシックになっていたんだと思う。モロッコなんてめったに行く場所ではないけ…

トイレ

1991年11月28日。秀平 良平は、アステリアのトイレが好きだった。トイレに入るとなぜか機嫌がよかった。理由はよく分からないが、ぬいぐるみを持ち込んだり、唄を歌ったり、隠れ家にしたり。良平の前歯が抜けている。小学1年生になり、すっかりたく…

秀平 良平の肖像

1991年11月20日。小学校1年生の秀平 良平の肖像。

多摩テック

1991年11月10日。ゆっこちゃんたちと多摩テックへ行く。この頃になると秀平 良平もずいぶん動きが活発になってきた。

小学校の遠足

1991年10月24日。恩田小学校1年3組。秀平のクラスかな。多摩動物園への遠足。